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親が学校に呼び出された話

幼稚園から大学まで、特に素行が悪かったわけでもなく、どちらかと言うと優等生だった。クラスでも委員長を務めていた。が、何故か親が学校に呼び出される回数が多かった。教師と元教師の両親はバツが悪いというか、恥ずかしかっただろうと思うが、概ね正義感からくる行動が原因なのだ。

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【幼稚園編】絵具バケツ事件

幼少期から絵を描くのが好きで、上手かった。小学校の時は絵画教室にも通っていた。高校まで図工や美術は通知簿で5以外取った事がなかったし、毎年のように水彩やポスターのコンテストで賞をもらっていた。

幼稚園のお絵描きの時間、仲の悪かった男の子が、7割がた完成した私の画用紙に黒い絵の具でびゃーびゃーっと2本の線を描いた。本人は軽いいたずらのつもりだったかもしれない。だが100%悪くない私は筆を洗っていろんな色に染まったバケツの水をその子の頭からジャーっとかけた。そして、頭からずぶ濡れになり呆気に取られている彼の鼻っ面に張り手を食らわせた。号泣するいたずらっ子。バケツのカラフルな水が鼻血で赤く上書きされていく。流血沙汰である。幼稚園児にして暴力事件。
言い訳をしておくと7歳上の兄貴が悪いのだ。自分は外では喧嘩もしない優等生のくせに弟の私にはブルースリーの真似事をさせたり、兄弟げんかでは手加減なしでボッコボコにされる。おかげで同い年の中ではかなり腕っぷしが強かった。ちなみに兄は今では某県警の偉いさんである。

かくして、幼稚園児にして母親が幼稚園に呼ばれた。先生と母の会談は「ちょっとやりすぎちゃいましたねー」ぐらいのノリで終わった。そもそも鼻血ブーが悪いってのもあるが、平和な時代である。今だったら大問題になってたのではないか。鼻血ブーは卒園するまで私の子分だった。

【低学年編】ドッヂボール事件

小学校の休み時間は、低学年はナカアテ、高学年はドッヂボールと相場が決まっていた。
いつものようにナカアテの準備をしていると高学年の二人が場所を空けるように言ってきた。3歳上だと体格差もあるし、クラスメイトに逆らう子はいなかった。が、私は違う。毎日のように7歳も年上の兄と兄弟げんかをしているのだ。おまけに5歳上の姉からイジメられていた。グランドの土をそっと握りしめ、「お前らが別の場所へ行け」と言い放った。二人組は真っ赤な顔でわめきながら組みかかろうとしたが、二人の顔面に握っていた土を投げ付けた。目が開けられなくなった彼らはなす術もなく引きずり倒され、マウントポジションの私に一方的にフルボッコにされた。

母がまたしても学校に呼び出された。校長先生によると2年生が一人で5年生二人をボコボコにする事件は聞いた事がなかったそうだ。兄も姉も通った学校だったし、他の学年の先生も「矢部の弟はどんな悪ガキだ?」と見に来たので、小学2年生にして職員室の有名人になってしまった。

【高学年編】吊り輪事件

小学2年からサッカーをしている。50歳を過ぎてもフットサルとシニアサッカーのリーグに所属している現役プレーヤーだ。多動中年だ。
4、5年生の時、私が通う小学校に複数の他校が練習試合にやってきた。広い校庭と巨大な遊具が自慢なのだが、その日は遊具使用禁止だった。にもかかわらず、他校の生徒三人が雲梯のようにして遊ぶ吊り輪を使っている。こうなっては私の正義感が黙ってはおかない。
注意したら喧嘩になった。そんなつもりはなかったのに。今になって思えば、相手は遊具禁止のお触れを無視するならず者達。私の正義感が通用するはずもない。三人で意気揚々と飛び掛かってきたが、7歳上の兄から複数人を相手にする極意は叩き込まれている。一番偉そうなヤツを最短時間、最小手数で倒すのだ。それで残りのヤツは戦意喪失する。ちなみに兄は外では口喧嘩すらしたことがない。超絶内弁慶だ。

他校の生徒に怪我をさせたという事で、親が学校に呼び出された。休みの日だったので父が登場した。当時現役大阪府の教師、小学校の教頭先生である。私の息子は正しい事をした、みたいな圧を振りまいていた。他校の引率の先生が「ウチの悪ガキが悪いんです。やられて当たり前です。」みたいな感じだったのと、3対1で勝ったみたいな判官贔屓的なノリで無罪放免となった。殴ってんだから有罪だろ、と今になって思うが。本当に当時は平和だったというかモンスターペアレントっていなかったなぁと思う。父は校長や教頭、サッカーの世話係の先生達と教育談義をして、すっかり仲良くなって満足そうに帰って行った。親子で職員室の有名人になってしまった。

【中学編】夜の公園事件

親が学校に呼び出された話ではないが。

中学1年の時、毎日帰宅時2年生の三人組が通学路の途中で待ち伏せをしていた。生意気だったのと小学校時代の行いが原因だろう。最初は挑発だけだったので我慢していたが、パシリの一人が殴りかかってきた。「お、お前に恨みはないけど、命令されたから悪くお、思うな。ペシ。」…えっ?二発目「ペシ」…ミッキー・ロークを彷彿とさせる猫パンチ。力のないパンチが私の中の何かを壊した。パシリを一発KO。そこからはセオリー通り。リーダー格にロックオン。馬乗りになってハンマーパンチ。残りの一人がリーダーと私を引き放そうとしたが、振り払ってハンマーパンチ。リーダーの顔がカラフルに変色し、スネ夫のような立ち位置のヤツは、怖くなったのか逃げて行った。

数日後家でテレビを見ているとチャイムが鳴った。「Sですが、矢部君いますか?」Sさんは3年生の番長で後に反社に行ったと噂される人物。泣きそうになりながらSさんの後ろを付いていき、公園に到着した。公園の該当の下に座るSさんと私。公園の周りは原付や自転車に乗り、バットや鉄パイプで武装したお仲間の方々。さらに泣きそうになる。
「何であんな事をしたんだ?」当時私は155cm、Sさんは180cm、大人が子供に尋問である。半泣きになり声がうわずりながら、必死に正当性を唱えた。
しばらくしてSさんが、リーダー、スネ夫、パシリを呼んだ。公園の外のお仲間に紛れ込んでいた三人組がベンチの前に気を付けの姿勢で立った。「パーン」「パーン」「パーン」二人がよろけ、一人(パシリ)は吹っ飛んだ。「これで貸し借りなし、恨みっこなしや。」

かっこいい。人の上に立つ人間ってどんな組織であってもかっこいい。もしかしたらこの時トップへの憧れが…いや、んなことはないな。緊張のあまり私が思ったのは「人のほっぺたってこんなに大きい音が出るんだ」と「猫パンチとあんたのビンタじゃ釣り合わないよ」と言う事であった。
Sさんはホントに反社に行ったんだろうか?気のいい車屋のオヤジにでもなってそうだけど。

まとめ

実は他にも親が学校に呼び出された事件がある。ほんの数件だけ。
仲の良かった友人が主犯なのに、そいつは実行犯でリーダー的存在の私が勝手に主犯とされた冤罪もある。一般社会でも冤罪があるのに、警察・検察・裁判官の権限が教師一人に集中していた当時は冤罪だらけだった。システムの大切さを学んだ機会である。

何が言いたいかと言うと、様々な経験を積むという事、そしてそこから学ぶ事が大切という事だ。それから高校時代にサッカー部で明るい青春を謳歌したおかげで、ダークサイドに堕ちずに済んだ。あと親族に警察官がいると悪い事はできない。

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